
今日は珍しく、私なりに考えた記事を書いてみたいと思います。
これまでの記事は、たいてい AI にお願いして内容や文章を集めてもらい、書き上がったものを私が確認して了承し、サムネイルの画像を作って投稿する、という至って普通の流れで作ってきました。今まで読んでくださっていた方からすると、ちょっと面白みがなくなってしまったんじゃないかな、と思っています。そこで今回は改めて、私なりに、最近あったことをお話ししていきたいと思います。
つい最近、うちのご近所の方がお亡くなりになりました。このことが、私にとってはものすごく、一言でいえば心にぽっかり穴が空いたような出来事だったんです。なぜそうなったのか、順を追ってご説明します。
父が救急車で運ばれた日のこと
私の父は、今から10年ほど前に亡くなりました。話は、その亡くなる前にさかのぼります。最後に父が救急車で運ばれたときのことです。
そのとき、お向かいのご主人が、救急隊員の方にものすごく楽しそうに話しかけていたんです。「おい」と声をかけて、これから行く病院はどこなのかを聞いたり、「俺は元公務員だから」という話をされたり。元は消防士だったらしいのですが、そんな話をされているのを見て、私は非常に驚いたんですよね。
なぜかというと、ご近所の、それもお向かいの家の父が倒れて救急車で運ばれるとなったら、一般的には心配するじゃないですか。でも、お向かいのご主人は心配しているのではありませんでした。もう簡単に言ってしまえば、野次馬だったんですよね。
私たち家族は、それをただ見つめることしかできませんでした。そのあと、母のほうで少しもめたようです。
トラックをお断りしてからの、村八分の10年
その後も、面白いことがありました。うちの実家は板金屋なので、トラックなども持っています。父は町内会のほとんどの行事に参加していて、トラックを貸したりもしていました。たとえば公園でお祭りがあるときには焼き鳥を焼いたりと、積極的に動いていました。トラックのことも含めて、父はそうしたことを無償で引き受けていたんです。
その流れで、父が倒れて入院生活を送っているにもかかわらず、お向かいのご主人から、引き続きトラックなどを貸してほしい、というお話がありました。私たちは救急車のときのこともあって、お断りをさせていただきました。そこから、私たちの関係は非常に悪くなりました。
悪くなったのは、もちろんお向かいさんとだけではありません。うちの近所には町内会の町内会長さんも住んでいるのですが、一気に、私たちはいわゆる村八分の状態になってしまいました。それからは挨拶もなくなり、目を合わせることもなく、私たちが外に出るとお向かいの方は家に入ってしまう。そんな日々を過ごしてきたんですよね。
そういう状態も、10年も経てば慣れてしまうものです。父が亡くなったときも、お向かいのご主人と町内会長さんだけは、葬式に来られることもなく、香典を出されることもなく、それで終わってしまいました。
ああ、あの方が亡くなってしまったんだ
そして、つい最近の話に戻ります。私が借りている駐車場に、お向かいの娘さんが車を停めていらしたので、ひと声おかけしました。そのときに、ご主人が亡くなられたことを知ったんです。
弟にもそのことを話しましたが、かなり素っ気ない会話でしたね。弟は、父が亡くなったときの葬儀の情報を調べたそうで、そのときに香典やお花がなかったことを、改めて確認したそうです。
ここまでお話ししたような間柄であれば、私たちは何も対応する必要はないんですよ。本来であれば。今までそのようなことをされてきたのですから。
ですが、私の中では違いました。人間というものは非常に感慨深いもので、ほかのご近所の方が亡くなられたときよりも、私はショックだったんです。ああ、あの方が亡くなってしまったんだ、と。
簡単に言えば、あの方は私にとって、いわゆる原動力だったのかもしれません。私たちのお店を続けていこう、という気持ちの原動力です。
うちは、弟が屋根の板金屋をやっていて、私がパソコン修理屋をやっています。ひとつ屋根の下で、二つの仕事を分業しながら過ごしてきました。そういう方々のそばで暮らしを続けてきた中で、ああいう方の存在は、私たちにとって、もしかしたら励みになっていたのかな、というのはあります。
そう考えると、今回、私たちも同じように香典を出すこともなく、お花を出すこともなく、お葬式の会場に行くこともなく終わりました。それでも、多分どこのご近所の方のときよりも、私たち兄弟にとっては非常に感慨深い出来事でした。
親の子どうし、これからのご近所付き合い
これをブログにしようと考えたのは、ひとつの区切りとしてです。私たちも、いわゆる親の子です。そして、お向かいのご家族もまた、親の子です。それぞれが違う世代として一生懸命に、これからのご近所付き合いを考えていかなきゃならないんだな、と思っています。
もちろん、協力できるところはしてあげたいです。ですが、線引きは行わなければいけない。協力しようと思っている相手は、あくまでもご両親の世代ではなく、娘さんです。娘さんとの対話は真摯に受け止めて、協力できる範囲のことは協力していく。そのうえで常識的な範囲で進めていこう。そう思えたことが、自分も大人になったなと思った出来事でした。













