
ここ最近、少しだけプライベートなお話をしたいと思います。
うちにはハムスターがいるのですが、年齢を重ねたこともあって、最近少し体調を崩しています。そこで、思い切って酸素の機器を導入することにしました。
以前にも少し触れたかもしれませんが、その機械、価格は23万円でした。いやもう、正直に言ってびっくりする金額です。ハムスターに23万円の機械、と聞くと、驚かれる方もいるかもしれません。
でも、私はこういう時に思うんです。
命と向き合うって、結局こういうことなんだろうなと。
かわいい、癒やされる、家族みたいだ。そうやって一緒に暮らしていく以上、いざという時に「ここまでできるか」を問われる場面が出てきます。きれいごとだけでは済まないし、気持ちだけでも足りない。時間も、お金も、手間も、睡眠も、いろんなものを差し出しながら向き合うのが、家族と暮らすということなんだろうなと思いました。
ただ、この酸素の機器というのが、なかなかの存在感なんですよ。お世辞にも静かとは言えません。やっぱり酸素を濃縮する機械なので、ずっと音がするんです。
そこで今は、私の寝室から4〜5メートルほどチューブを伸ばして、ハムスターのいる場所まで酸素を送り続けています。要するに、夜もその機械を動かしっぱなしにしているわけです。
最初の頃は、これがもう本当に気になってしまって、全然眠れませんでした。ただでさえ心配ごとがあるのに、そこに一定の機械音がずっと重なるわけです。人間って不思議なもので、疲れているのに、こういう音があるだけで眠れなくなるんですよね。
そこで私は、この前耳栓を買いました。
耳栓をすると、音そのものが完全に消えるわけではないんですが、振動というか圧迫感というか、そういうものが少し和らぐ感じがして、ようやく眠れるようになりました。とはいえ、ぐっすり熟睡というわけでもありません。寝ているはずなのに、どこかずっと浅いところにいるような感じで、朝になっても「ああ、寝たなあ」という感覚が薄いんです。
でも、それでもいいかとも思っています。
なぜかというと、その音が鳴っている限り、あの子に酸素が送られているからです。あの音がしている間は、命をつなぐための機械がちゃんと働いてくれている。そう思うと、うるさいとか、眠れないとか、そういう気持ちだけでは片づけられなくなってくるんです。
むしろ今は、その音が止まることの方が怖い。
本来なら、夜は静かな方がいいに決まっています。寝室は落ち着いていて、何の物音もせず、朝までしっかり休める方がいい。でも今の私にとっては、静かすぎる夜の方が落ち着かないのかもしれません。
機械の音がしている。
つまり、あの子は今も酸素を吸えている。
その事実が、少しだけ私を安心させてくれるんです。だから、なんとも不思議な話なんですが、私は今、その音が鳴り止まないことを願っています。
普通なら止まってほしいはずの音。
睡眠を邪魔するはずの音。
耳栓までしないと眠れない音。
それなのに、その音が続いていてほしいと思っている。それはきっと、私の中でその音が単なる騒音ではなく、あの子が生きている証のようなものになっているからなんだと思います。
耳栓をして眠る夜。
よく眠れたとは言えない朝。
それでも、機械の音が朝まで続いていたことに、少しだけほっとする自分がいます。
こういう毎日を送っていると、静かで快適な生活だけが幸せではないのだなと思わされます。誰かのために少し不便になったり、少し眠れなくなったり、少し大変になったりすることも、きっと家族と生きる時間の一部なんでしょうね。
今夜もまた、耳栓をして寝ることになると思います。完璧な睡眠ではないかもしれません。でも、あの音が続いていることを祈りながら、夜が明けるのを待つ。今の私にとっては、それがとても大切な時間になっています。














