
パソコン修理屋なんて、基本は「直してナンボ」の商売です。呼ばれたら行って、動かないものを動かして、喜んでもらう。それが仕事だと思って、私もずっとやってきました。
ところが先日、私はある現場で何ひとつ直さず、それどころか自分が触ったところを全部きれいに元へ戻して、そのまま帰ってきました。
……字面だけ見ると、完全に失敗談ですよね。でも今日はあえてこの話を書きます。「直さずに帰る」ことが、たまにいちばんプロの仕事になる——そういうお話です。
店長より
技術の話というより、”判断”の話です。パソコン屋が「やめときましょう」と言うとき、そこにはちゃんと理由があります。今日はその裏側を、できるだけ正直にお話しします。
きっかけは、ある事業者さまからの「インターネット回線とプロバイダーを替えたい」というご相談でした。よくあるご依頼です。のはずでした。
ところが現地でフタを開けてみると、中はなかなかの世界でした。業務用のしっかりしたルーターに、市販のルーターがぶら下がり、そこにVPNらしき設定や、法人ならではの込み入った仕組みが絡み合っている。ぱっと見て「あ、これは軽い気持ちで触ったらいけないやつだ」と分かる構成でした。
私はこういうのを、心の中で「開けちゃいけない箱」と呼んでいます。中身が分からないまま開けると、ロクなことにならないやつです。
複雑なだけなら、まだいいんです。時間をかけて読み解けばいい。本当に怖いのは、その複雑さの”正解”を知っている人が、どこにもいないことでした。
ネットワークの構成図はない。各機器のIDやパスワードも手元にない。もともと組んだ業者さんは遠方で、すぐには連絡がつきにくい。つまり、地図も鍵もない状態で、他人の家の配電盤を触るようなものです。
ここで「まあ大丈夫でしょ」と進めてしまう人も、いるかもしれません。でも私は、分からないものを分からないまま触るのが、いちばん怖いんです。
ここで一度、真面目な話をさせてください。もし私が勢いで機器を入れ替えて、通信が止まったとします。止まるのは「インターネット」だけではありません。
社内のシステム、各種の業務ソフト、レジや決済まわり、場合によってはお金に関わる通信まで、芋づる式に巻き込まれる可能性があります。事業者さまにとって、それは”ネットが繋がらない”どころの話ではなく、下手をすれば営業が止まるということ。そうなったときの損害は、修理代なんかとは桁が違います。
私たちのようなパソコン屋には、ちょっとした万能感があります。「まあ、触れば何とかなるだろう」という自信です。この自信は普段は武器なんですが、分からない現場では、この自信こそが一番の危険物になります。
お医者さんが「今は手術しないほうがいい」と判断するのと、たぶん同じことなんですよね。できる/できないの前に、「今それをやるべきか」を見極める。触らない選択肢をちゃんと持っていることが、実はプロの証だったりします。
……と、なんだか立派なことを言い始めましたが。まあ要するに、「怖かったから慎重になった」とも言えます。かっこよく書きましたけど、半分はそれです。正直に言っておきます。
そんなわけで、私は触った設定をすべて元に戻し、ちゃんと元通り動くことを確認してから、現場をあとにしました。
見た目には、何もしていません。行って、帰ってきただけ。でもこれ、実はけっこう神経を使う仕事なんです。開けた箱を、開ける前と寸分たがわず閉じて帰る。私はこれを勝手に「戻して帰る技術」と呼んでいます。何もしていないように見えて、いちばん慎重な仕事です。
これらが揃わない場合、無理に今ある環境をいじるより、新しい回線を一本追加して、まっさらな状態からネットワークを組み直すほうが安全なこともあります。費用はかかりますが、営業が止まるリスクと天秤にかければ、決して高い買い物ではありません。
というわけで、今日の結論です。
中身の分からない「開けちゃいけない箱」は、無理に開けない。そして、いったん触れてしまったなら、「戻して帰る技術」できれいに閉じる。パソコン屋が「やりません」「やめときましょう」と言うときは、たいてい、あなたのお店や会社を守ろうとしている時です。
もし今、あなたのオフィスやお店で「うちのネットワーク、全体像を分かってる人が誰もいない」という状態なら——それは、ちょっとだけ気に留めておいてほしいサインです。いつか誰かが、その”箱”を開けることになるかもしれないので。
「うちのネット環境、大丈夫かな」——そう思ったら、いじる前に一度、状況をお聞かせください。触るべきか、触らないほうがいいか。その見極めからお手伝いします。
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